透明な闇のいろ
クラブ棟すみの一室扉にはこう書いた紙が張ってある。「オカルト研究部」。意外に歴史がある。
日進月歩に目覚しく進む科学技術の進歩も、いまだ世の事象全ての仔細を明らかにするには至っていない。言わば未踏の地へ寄せる好奇心か、神秘性への憧れなのか。少ないながらも部員の絶えることはなく、学園の片隅にひっそりと存在している。
そんなオカルト研究会、今現在の部長は恐ろしくも最もなことに、3年A組 明智光秀その人だった。
そんなオカルト研究会だったので。当然ながら部室を訪れる部員以外の人間はものすごく少ない。その、ほとんど唯一とも言える訪問者が元親だった。ふらりとやってきては明智が居ようが居まいがおかまいなく好き勝手に居座っている。どうやら人があまりおらず落ち着けるところが気に入っているらしい。明智の方も特に気にしてないようで、邪魔にならない限り好きにさせている。
お互い気が向けば声もかけるが、特に会話が弾む訳でもないしそれぞれ勝手なことをしている。しかし不思議と間にあるのは重い沈黙ではない。ある意味、気が合うと言えるのかもしれない。
そんなある日のこと。放課後明智が部室に入ると例によって先客が居た。一体いつから居るものか、イスに座って足を机に乗せた格好の元親だった。行儀が悪いことこの上ないが、靴を脱いでいるのが意外に律儀だ。
「おや、居たのですか」
明智が声をかけたが、返事はない。よく聞けばすやすやといかにも気持ちの良さそうな寝息が聞えてきた。誰も居ないのに飽いたのか、最初からサボって寝るつもりで来たのか。
どちらにしろ、珍しいことでもなかった。
したがって明智も驚いた訳ではない。しかし。
入り口のドアを後ろ手に閉めたまま、しばし明智は立ち止まった。
「‥‥‥」
元親に近づいて見下ろす。
イスの背もたれからは元親の長身がはみだし、白い喉をさらして頭はがっくりと後ろにそっている。呼吸の動きにあわせて制服のシャツがかすかに上下した。人が来ても起きる気配はなく、片方だけの瞳も今は閉ざされている。
ふ、と明智は目を細める。
明智は元親の頬に軽く指を触れた。少し眉が動いたが、やはり起きる気配はない。
次にひたりと、明智はその指を元親の喉にあてた。
指に伝わる規則正しい拍動。それは途切れることなく一見力強い、けれども。本当は繊細でとても脆い。
脆い生き物は、いのちは、このあたりをすこし傷をつけるだけで。
そうしたら、彼のことが大好きなあの人は。
「く、ふふふ‥っはは‥」
明智は楽しくてしょうがないというように笑った。笑いを含んだまま言った。
「どんな顔をするのでしょうね?」
そうして愛しげにも見えるほどに優しく、笑った。
「お前さぁ。あいつのことが好きなのか?」
しばらくして。何事もなく目を覚ました元親は、何事もなかったように昨日見たテレビの感想などをしばし語った後、昨日見たテレビの感想を聞くかのように、ごく普通の調子で明智に聞いた。
「そうかもしれません」
なにやら写真や雑誌の切り抜きのようなものを整理しながら適当に相槌を打っていた明智は、顔を上げはしたものの、ごく普通の調子で答えた。
代名詞で語られるのは、この場には居ない隻眼の青い竜。成績優秀かつ運動も万能でおまけに生徒会長とうそ臭いまでに非の打ち所がないながらも、どこか他人を寄せ付けない彼の人が。サボり魔でダブりの、この不良学生にどうやらご執心であるという事は(当人に隠す意思がないせいで)それなりに知られた事実だった。明智も知っている。
「‥俺が言うのも変だと思うけど。お前、それで良いの?」
自分がここに居てもいいのかとでも言うのだろうか。それとも何も言わなくて良いのかという事だろうか。
「ええ、いいんですよ。私は欲張りですから」
どちらにとったのか、どちらでもいいのか。聞き返しもせず、明智はにっこりと笑った。
「本当に欲しいと思ったら、全てが欲しくなる。
その血の赤い最後の一滴までも、拍動のひとうちまでも。その命、そのものを」
うっとりとさえ語る明智に、さすがに元親は顔をしかめた。
心などは望まない。うつろうものだから。見えないものだから。そんなものは捧げられたところで所詮信じることはできない。
望むのであれば、確かにそこにあるその命がほしい。嘘偽りの入る余地のない、命そのものを。鮮やかな紅を。
「それは心とは違うものですか?」
にこやかに問う明智に元親は何か言おうと口を開いたが、結局何も言わなかった。
明智は気にせず、歌うように続ける。
「あなたが邪魔だとか、そういう事ではないんですよ。
ただ、あなたを殺して彼に殺されるのも良いかもしれないと思いましてね。‥所詮、座興ですが」
ほとんど表情を変えずに聞いていた元親もこれにはさすがに辟易したのか、思いっきり嫌そうに顔をしかめる。
「アイツがンなことするような愁傷なタマかよ‥つうかそんなことで殺されてちゃたまんねぇし」
明智はくつくつと楽しげに笑った。元親のこのうえなく嫌そうな表情が面白かったのか、それとも自分の言った事が滑稽だったのか。
「座興だと言ったじゃありませんか」
続けて、気負いも何もなく思いついたように聞く。
「あなたは、私を狂っていると思いますか?」
「‥どうだろうな。そういうんなら、人間なんて皆どっかおかしいもんじゃねぇ?」
問われた元親はちょっと考えて答えた。
「"普通"ってのは平均値だろ。そうやって平均してならすときに切捨てる所を、皆誤魔化して普通にしてるんじゃねぇのかな」
うまく言えねぇけどだとか、なにやら居心地悪そうにごにょごにょ言いながらも元親は続ける。
「俺も人の事言えねぇし。‥アイツの事好きだしな。ムカつくけどよ。
立派にヘンタイってやつだよな」
言って元親が椅子によりかかると、ギィと軋んだ音が響いた。
誰もが最初から、同じ物を見て同じような事を思う訳ではないだろう。正も誤も、心の所在も、人として生まれ、人として受けた扱いから学んで行くものなのではないだろうか。
しばしの沈黙のあと、あきらめたように一息ついて元親は席を立った。入り口により近い明智の側に寄る。
「俺、お前のこと結構好きだよ」
ああしかし。人の心を写す己が心が見えないというこの人に、言葉は届いているのだろうか。
「私も、あなたの事は嫌いじゃありませんよ?」
元親は明智の肩に顔を伏せる。
「何かすげぇ悲しいんだけど」
「あなたが悲しむことではないでしょう」
小首をかしげた明智の口調は終始一度も変わらない。よどみもない。それがまた、元親には悲しかった。
「わかってる」
ある意味純粋で、だけど何かが欠けていて。
はじめは小さかったかもしれないかけ違いは、正されることもないまま齟齬を大きくなっていったのだろうか。それは透き通った、悲しい闇のいろ。
「‥また来るわ」
「ええ、いつでもどうぞ」
顔を上げ、元親は明智に声をかけて外へ出た。
近頃はもう随分と日も長い。いまだ明るい空に元親はひとりごちる。
「だけどさ。やっぱりあいつは譲れねぇんだよ
‥俺も、欲張りだからさ」
聞く者のない元親のつぶやきが溶けた空もまた、高く、青く、透き通っていた。
明智さんをちょっと掘り下げてみたかったので。でもこの人たぶん近寄らない方が良いと思うよ(爆)
ちなみに伊達さんは明智がぶきみなので割と嫌いです(ヲイ)。でも明智は嫌がられるのも楽しいです(‥)。
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